ARCHI-CONNGE(アーキコング)一級建築士事務所

石場建て古民家の限界耐力計算による再生

神山町の林業

四国山地の東部に位置する徳島県名西郡神山町。豊富な森林資源と、木工家具や造船業が盛んであった徳島市に近い地理的条件を生かし、林業で栄えた町。明治時代の植林組合・木材協同組合の設立、大正時代には森林組合の設立など、古くから私有林業が営まれていた町である。

古民家の尺寸法

県からの委託で町内の耐震診断を十数件こなしていると、伝統構法を用いた田の字型平面の住宅では、尺寸法が330㎜前後であることに気付く。この母屋もまさに築年数100余年の建物で1間が1,970㎜である。現代の木造建築で用いられるサブロク版(1,820㎜×910㎜)の尺寸法は明治期に導入されているので、全くその影響を受けていない。その昔、大陸から伝わった大工技術を、そのまま受け継いでいると思われる。

伝統的構法とは

土壁・貫・ホゾなどによる架構が大きな水平変位を可能にする「伝統的構法」に対し、「在来工法」は筋交いや構造用合板等の耐震壁が水平変位を最小限に抑える工法である。さらに大きな違いは、前者は石の上に柱が建っているだけであり、後者は柱を金物で土台に緊結している。地震力などの水平力をどう逃がしていくかの考え方が「伝統構法」は[ねばり強く]外力を受け流し、「在来工法」は[かたく]外力に抵抗するという違いがある。

神領の家

槙の生垣に囲まれた敷地内には、母屋・蔵・馬屋を併設した離れの納屋などが並んでいる。いずれも土壁による伝統構法の建物であり、時間の重みを感じずにはいられない。施主からの依頼は、利用方法の提案も含めた離れの改修と、母屋の耐震設計であった。

母屋の改修方針

母屋は土葺き下地の本瓦である。南側の軒の出はかなり深いにもかかわらず垂木先端が下がっていない。小屋裏に入ると桔木構造に似た補強があり、出桁の加工などに工夫がみられた。耐震評点を上げるための屋根の軽量化は母屋の場合、とてもナンセンスと感じたので、的確に補強計画を行うために、限界耐力計算による耐震設計が必須であり、またそれを実現させるために、地域の古い民家をよく知る工務店に依頼する必要があった。

貫が入った土壁は耐力こそ低いものの、許容変位が大きい(軸組耐震性能グラフ参照)垂れ壁なども的確に評価しながら全体の耐震性を判断する。耐震壁の枚数にとらわれてしまうと、上手くまとめられないので難しいところである。しかし地震動の伝搬が小さい第1種地盤であったことが有利に働き、瓦を降ろすことなく、最小限の改修で良い計算結果を得ることができた。

 もう一つの特徴が、後で増築された2階の柱は全て管柱であること。そして2階の外壁ラインが1階より3/4間内側に入っている。まるで法隆寺の五重の塔のような重ね方が、全体の独特なプロポーションを可能にしている。実はこのスタイルの古民家が神山町には何軒かあって、継承してきたであろう大工技術の高さを見ることができる。

離れの改修方針

母屋に対して離れの保存状況は、あまり望ましくなかった。全体的な傾斜なども有る事から、耐震的に有効な2階の減築と新規小屋組み・下屋庇の付替え、更に全体的に土壁のやり替えなどを行った。既存の軸組みを利用しながら難易度の高い計画である。母屋・離れ・蔵と敷地全体のバランスを模型で検討しながら、背景の山の稜線に呼応する山間地の風景の一部となるよう心掛けた。

工事が進むなか棟梁からの話では、古い材料は同じ杉でも年輪が詰まって、とても高級な材が使われているとのことだった。さすが木材の生産地ならではである。ゆえに傷んでいる部分は付替えたりしながらできるだけ既存の軸組みを使っている。

土壁について

大工仕事と並行して、左官仕事が伝統的構法による改修において重要である。木舞下地の竹や荒壁土の確保、角又を用いた保水調整・中塗り・漆喰仕上げまで、ひと昔前ともいえる伝統技術を見ることができた。

温熱環境に着目した土壁の特徴として、熱容量が大きく室内温度の変化を小さくすることができる。また、優れた調湿機能により、吸放湿性が大きい土壁は、室内湿度が安定するため、体感温度などの快適性をより良いものにできるという特徴を持つ。

伝統的構法のありかた

母屋の棟札を確認すると「大正拾弐年」関東大震災の1923年であり、とても印象深い。最後に当時中学2年生の黒澤明監督が、関東大震災での体験を綴っている部分を引用する。

「すべての家の屋根瓦は、ふるいにかけたようにゆすられて踊るように跳ね動き、

我さきに屋根から滑り落ちて、屋根の木組みを濛々たる土埃の中にさらけ出した。

成程、日本の家はうまく出来ている。これなら、軽くなって家はつぶれない。」

【蝦蟇の油 自伝のようなもの】より

※限界耐力計算を行うにあたり、日本建築構造技術者協会 関西支部が主催する「限界耐力計算による木造耐震設計法の実務講習会」を受講し、物件ごとの木造住宅レビューを受けています。ただし構造計算そのものは設計事務所が行います。そして責任の所在は設計事務所にあることから、施主との打合せや現場調査を元に、適切な改修方針を定める必要があります。

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